2年前、私はエンジニア転職に一度失敗した。それでも諦めなかった理由
はじめに
みなさんどうも、おげんです。
いきなりですが実は私、2年前にエンジニア転職に一度失敗しています。 20社以上の不採用通知を手に、絶望して、一度はエンジニアへの道を完全に諦めました。
当時は独学でレベルが上がる楽しさに夢中でしたが、いざ面接に行ってみると、技術の基礎も業界の知識も、何一つ自分の言葉で語れなかったんです。結果、私は再び当時働いていた現場での日々を選びました。
でも、2026年4月からエンジニアとして新生活をスタートさせる今、あの日々を振り返って思うことがあります。 それは、「あの失敗は、私が『いっぽずつ』進むために必要な、大切なデータだった」ということです。
この記事では、私が一度挫折してから、どういう環境や考えで自分を作り直し、内定を掴むことができたのか。その「失敗の正体」と「再挑戦の記録」をすべてお話しします。
- 今の仕事にモヤモヤしていて、将来に不安を感じている人
- エンジニアを目指しているが、独学で挫折しそうな人
- 「未経験からでも本当にエンジニアになれるの?」と疑っている人
- 一度転職活動に失敗して、再挑戦する勇気が持てない人
- 働きながら学習時間をどう確保すればいいか悩んでいる人
熱意と焦りで走り出した2年前
大学生の頃、IT業界に強い憧れを抱いていました。しかし、当時は「地元に就職したいけれど、IT企業が少ない」「文系だからエンジニアなんて不可能だ」と自分に言い訳をして、挑戦する前に諦めてしまったんです。結果、大学卒業後に地元の小売業企業への就職を選びました。
それから約7年。接客がメインの小売業界で、私は意外なところに「楽しさ」を見つけました。それはPCを使った作業です。本部が用意してくれた既存のツールを使うだけでなく、Excelを駆使して自分なりの「オリジナル・データファイル」を自作することに没頭しました。より現場の人が使いやすくなるものを作りたかったのです。
接客も好きでした。しかし、自分の手で仕組みを作り、それが形になり、他の従業員が使ってくれ喜んでくれるその瞬間は、何物にも代えがたいものでした。
そういったこともあり、アラサーという節目で再度「自分の人生このままでいいのだろうか」と考え始め、憧れだったIT業界への気持ちが再燃しました。そして大学卒業時、諦めた夢にもう一度向き合うことを決めました。
無料でプログラミング言語が学べると言うProgateから始めた学習は驚くほど楽しく、レベルが上がるたびに「自分にもできるかも」と夢中になりました。そこからさらにレベルアップがしたいと思いデイトラというオンラインスクールに通い、Java言語を学びました。
しかしその裏では、「Progateやデイトラをやっていても、本当にこれで実務ができるのか?」という、正体の見えない不安が常に足元にまとわりついていました。
もちろん、Progateやデイトラの教材自体はとても分かりやすく、学習環境としては最高でした。ただ、当時の私は「教材をこなすこと」がゴールになってしまい、実務を見据えた深い理解まで辿り着けていなかった。完全に私自身の努力不足でした。
不採用で突きつけられた「4つの現実」
熱意と焦る気持ちを持って、エージェント経由で20社以上に応募し転職活動をしていました。
当時は「実務経験こそがすべて。現場に入れば成長できる」と信じて疑いませんでした。しかし、面接の場で私は、残酷なほど「準備不足」な自分と向き合うことになります。
特に苦しかったのは、面接時に技術的な質問を投げかけられた時の「沈黙」です。
「あ、やばい、わからない」
そう思った瞬間、頭は真っ白。焦りのあまり、自分でも何を言っているのかわからないような支離滅裂な回答をしてしまったのを覚えています。画面越しで、面接官の方ががっかりしたような表情を浮かべた(気がした)あの空気感は、今思い出しても胸が苦しくなります。
不採用通知が積み重なる中で、ようやく一つの結論にたどり着きました。「経験が大事」というのは、基礎を固めて少しずつでも知識を会得しているからこそ言える話なのだと。当時の私は、その土俵にすら立てていなかった。圧倒的に努力が足りていなかったんです。
具体的に、当時の私に突きつけられた「4つの現実」を整理するとこうなります。
- 知識の欠如:フロントエンドとバックエンドなどの役割すら曖昧でした。
- 業界の無知:自社開発やSESといった働き方の違いを理解していませんでした。
- 技術の浅さ:面接で技術的な質問をされても、一言も答えられませんでした。
- 基礎力の不足:そもそも、実務で戦えるレベルの基礎が全くできていませんでした。
今振り返ると最悪ですね(笑)。本当に浅はかでした。
一度は諦め、現場に戻ったあの日

最後に応募した会社から不採用通知が届き、転職活動を辞めました。
当時の職場に勤めながら転職活動をしていたので、活動を始める前の日常に戻る形となりました。従業員やお客様と接する日々は楽しい時間でしたが、一度プログラミングの「作る楽しさ」を知ってしまった私の頭の片隅には、常にエンジニアへの想いが残っていました。
特に「このままでいいのか?」という問いが強く頭をよぎったのは、急な欠員をカバーするために残業をしていた時です。
小売業の現場では、体調面など仕方ない部分もありますが、自分の仕事が終わっていても、人が足りなければ残らざるを得ない場面が多々あります。
自分がやりたい仕事に没頭して時間が過ぎるのではなく、ただ「穴を埋めるため」に時間を消費していく。その状況に強いストレスを感じている自分に気づきました。
「自分が本当にしたいことは、こういうことなのかな」
異動が多く、お客様や従業員と深く関わりたいという理想がなかなか叶わない現実。そして、自分の時間を自分でコントロールできないもどかしさ。「このまま40代、50代になった時、自分は後悔しないだろうか」と、自問自答を繰り返す日々が続きました。
挫折があったから「侍エンジニア」を選んだ
「自分一人では、また同じ場所で立ち止まってしまう」。
2年前の失敗から学んだのは、自分の弱さを認めることでした。 そこで今回は、強制的に学習を継続できる環境を求めて「侍エンジニア」の門を叩きました。
半年間のカリキュラムを初めて手にした時、その圧倒的な情報量に言葉を失いました。 Javaの基礎から、現場で即戦力として動くための応用知識まで。独学時代の自分が「これくらいでいいだろう」と思っていたレベルとは、次元が違ったんです。
そんな中、週1回の面談がある環境に入って、私の学習スタイルは劇的に変わりました。
一番の変化は、「完璧に理解することをやめた」ことです。 独学の頃は「すべてを暗記しなければ」と自分を追い込み、勝手に疲弊して学習意欲をすり減らしていました。
でも今は、「わからないなら、今はそれでいい。必要になった時に調べればいい」という、良い意味での「余裕」を持ってコードに向き合えています。
この心の余裕こそが、2年前の私にはなかった、着実に「いっぽずつ」前進するためのエンジンになりました。
そのおかげもあり、複数社から内定をいただくことができました。
失敗は、正しい道を知るための「データ」
4月からエンジニア人生が始まろうとしている今、2年前の自分に声をかけるなら、苦笑いしながらこう伝えたいです。
「見切り発車せず、ちゃんと理解してから進みなさい(笑)」
当時の私は、やりたいことも曖昧なまま、本当に「勢い」だけで転職活動をしていました。また年齢のこともあり焦ってもいました。
でも、あの不採用の嵐という「失敗データ」があったからこそ、自分に足りないものに気づき、今の「いっぽずつ」というスタイルにたどり着くことができました。
この2年越しの挑戦を経て確信したのは、エンジニアになるために一番大切なのは「完璧を求めすぎず、継続する力」だということです。
侍エンジニアのカリキュラム中も、仕事の忙しさを理由に全く勉強できない時期がありました。でも、「今日は少しでも触れた!」と思える日を作ることで、モチベーションの火を絶やさずに済みました。
完璧を求めすぎると、心は折れてしまいます。仕事で疲れた日でも、1日5分でもいいからプログラミングに触れる。その積み重ねこそが、凡人だった私をエンジニアの道に導いてくれました。
夢を追いかけていても諦めそうな時は 一度立ち止まってもいい、失敗してもいい。 ただ、明日また「いっぽ」だけ踏み出してみてください。その先には、想像もできなかった景色が待っています。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
